2008年09月02日

夏休み

休暇のスケジュールが確定しなかった為に手配が後手後手に回ってしまい、期限内にマイレージを使い切るには、もはやシンガポールしか取れない状況になりました。
どうせシンガポールまで行くなら、折角なら6年振りにジャカルタまで足を伸ばすかと、ジャカルタ行きが95%位まで確定していのですが、土壇場でハワイ便が取れ、今年の夏はハワイということになりました。

なんだか惜しいような、ホッとするような。
惜しいというのは、こういう理由でもない限り、我が家ではジャカルタがハワイに勝るということはまずあり得ないので、家族で行くチャンスは、滅多に起きないから。


ホッとするのは、息子を授かった土地ではあるものの、息子にアジアの光と影を見せるのは、まだ早いと感じていたので。自分と同じ世代の子が物乞いするのを見て、ショックを受けるのではないかという心配がありました。


次の機会があれば是非にと思っています。


ホテル等々のチェックをしてくれたギタちゃんゴメンね

posted by Tada at 15:22| Comment(44) | TrackBack(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月09日

インドネシア語と関西弁

ジャカルタあたりのインドネシア語では、語尾に”ヤァ”をつけることが多々あります。

これが関西人の私にっては、非常に心地よい。何がって?響きがです。また、自分で話す時にも、思わず使ってしまいます。

この語尾をつけるという事で、言い方がやわらくなるということらしいです。例えば、何?という時、Apa?と言うのとApa yah? (アパ ヤーと伸ばす感じで)と言った方が、日本語でいう所の、「何っ」と言うのと「な〜に」という時の様に、言われた時の受け取り方が異なるとのことです。

川崎生まれの川崎育ちのうちのカミさんに言わせると、”や”を語尾に付けるというのはあまり思い浮かばないとのことですが、私の場合、「なんでや?」「せや、せや(そうだそうだ)」とか言うので、あまり抵抗なく話せました。

そういった意味では関西人の方がインドネシア語を勉強するには向いているかもしれません。あくまで、私個人の自論ですが。

では、また。 
posted by Tada at 01:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月04日

桜−その2

インドネシアで、桜の代わりなるものは、前回書いた火焔樹の他にもあります。

ジャカランダという木花です。インドネシアのゴルフ場で白い花びらなのかガクなのかをあたり一面に散らして桜みないな木です。別名、南洋ざくらとも言います。

後で、教えて頂いたのですが、この木花は白い花もありますが青い花もあります。ぱっと咲き、ぱっと散るのが桜に似ています。原産地は南米とのことです。

インドネシアに駐在してまで、春には桜を求めるところで、自分は日本人であることをしみじみと実感しました。

では、また。

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2008年03月29日

インドネシアは赤道直下の熱帯雨林型の気候ですから、四季は有りません。

気温は1年を通じて変わりませんが、それでも季節はあります。雨季と乾季です。といっても雨季には朝、夕にスコールが来るというだけで、雨季だからと言って日本の梅雨のように一日中雨が降っているということは有りません。

そんな1年なので、四季の移ろいというのが感じられないことが、インドネシアで生活していて寂しい点でもあります。春もなければ桜もないのですが、インドネシアで桜の代わりに愛でていたのが、火焔樹です。
真っ赤な花で、桜とは似ても似つかないのですが、私達の住んでいた社宅の庭にはこの木が植えられており、この花が咲いた家には帰国辞令がでるというジンクスがありました。

火焔樹も花を散らし、辺りに真っ赤な絨毯を引いてくれます。今では、もう見ることは難しいですが。
posted by Tada at 17:36| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月27日

インドネシア語の方言

前にも書きましたが、インドネシアでは200種類を超える言語が使われています。こうした言語そのもの違いではなく、その地域だけで使われる、いわゆる方言もあります。

私の生活していたジャカルタにも、ジャカルタの方言のようなものがありました。
その一つは、文末にドン(don)をつけるというものです。最初は、このドンに意味があるものと思っていましたが、どうやら単なる音合わせで、ドン自体には何の意味もありません。

また、否定の助詞にティダッ(tidak)というのがあります。英語で言うところのnotですが、これがンガッ(nga)になます。例えば、tidak mau = nga mau (要らない、そのようになって欲しくない)等です。これも最初に聞いた時は、動物の鳴き声の擬音か何かと思いました。

やはり、言葉は生き物ですから、このような色々な言い方があるということを知ると、生きた言葉を吸収しているなぁという実感がありました。

では、また。
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2008年03月25日

インドネシア語の発音

インドネシア語の発音というか音で特徴的と思うのは、濁音やチャ、チュ、チョとかいう音が耳につくということです。
例えば、ビチャラ(話す)、ティダ(not)、ギギ(歯)、ムニャニ(歌う)、チョバ(試す)等々まだまだあります。

これに加えてパ、ピ、プ、ペ、ポの含まれる語も耳に尽きます。パギ(朝)、ピンタール(利口)、プサン(注文)、ポホン(木)等です。

特にこれらの言葉が多用されるということはないのですが、なぜか耳に残り、印象としては、何か「くちゃくちゃ」言っているという感じがしてならないのです。あくまでも個人的な感想ではありますが。
これにイントネーションが加わると本当に、何か歌を歌っているように感じてしまう事があります。

インドネシア人にとって発音しにくい音はザです、ジャカルタには日本料理のレストランが多数あり、そこで働くウェートレスには多少の日本語を教えているようなのですが、どうしても「ありがとうごいました」が「ありがとうごいました」になってしまいます。

日本人が英語のRの発音に苦しむのと同じようです。

posted by Tada at 02:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月23日

インドネシア語の書き方

インドネシアは15,000こもあると言われている島々から成り立つ国ですので、そこで話される言葉も200種類を超えると言われています。いわゆるインドネシア語というのはマレー語の変種の一つを1945年の独立の際に、国語として選らんだものだそうです。

本屋さんに行っても、インドネシア語の辞書や教科書といったものは殆どみませんが、身近に意外なところで目にしているものが、インドネシア語と関係したりしています。

例えば、キョン・キョン(小泉今日子)のことをキョン2(2乗の意味)と書いたりしませんか?これってインドネシア語の書き方なんですよ。

インドネシア語には同じ言葉を繰り返すことで、意味の異なる言葉になる単語も多く、この繰り返す時に2乗という書き方をします。例えばhati。一語だと、心臓という意味ですが、hati-hati もしくはhati2となると、注意するという意味になります。他にもpagi(朝)とpagi-pagi(早朝)とかがあります。

では、また。
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2008年03月15日

cinta なのに tidak suka ?

Saya cinta indonesia tapi tidak suka Indonesia
このブログのサブタイトルにも入っていますが、どういう意味でしょうか?訳すと「私はインドネシアを愛しているけど、インドネシアは嫌いです」ということになります。

何だか矛盾してますよね。でも、インドネシアで、観光旅行ではなく、生活や仕事をした人の間ではすんなり受け入れられるフレーズです。

インドネシアの人は、一概に親切で大らかで、日本人をリスペクトしてくれるので、個人的にお付き合いする分には、非常に良い人達ばかりです。

但し、これが仕事やビジネスの話になるとこうはいきません。彼らの世界観や価値観が、仕事にもそのまま持ち込まれるからです。
メイドとの仕事の取り決めのような些細なことから、会社同士の契約に至るまで、期限が守られなかったり、約束が反故にされるなんて日常茶飯事です。勿論、全てがそうなるわけではなく、上手くいくことの方が多いのですが、何かで躓くとそうなるんです。

「そんなの契約で縛ればいいじゃない?」確かに、インドネシアも近代国家ですから、法律も整備されていますし、それなりの制度もきちんとあります。ただ、それが機能するかどうかは別の話です。良い悪いと出来る出来ないは別問題なんてことが起こるんですから。

そういった意味で、苦労された方は沢山おられると思います。
でも最後に、仕事では苦労しても、それ以外の事ではやっぱりインドネシアは良かったなと思われる方が多いので、冒頭のようなフレーズが綿々と受け継がれているのでしょう。

私も、今同様に感じています。
posted by Tada at 09:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月12日

馴れ初めときっかけ

私は、仕事の関係で1997年11月から2002年9月末での4年11ヶ月間、インドネシアのジャカルタで駐在生活を過ごしました。
でも駐在する3年前位からは、インドネシアと日本とを行ったり来たりする生活をしており、1年の内100日以上はインドネシアで過ごしていましたので、8年に亘ってインドネシアとは係わりを持って生活していたことになります。

インドネシアでは、ある大きな合弁プロジェクトに係わっていたのですが、97年7月のタイバーツ暴落に端を発するアジア通貨危機に見舞われたことから、プロジェクトは迷走し、インドネシア側のパートナーとも決別し、最終的には撤退というかたちで幕を閉じました。

仕事の面では、インドネシアという国には、こっ酷い目に合されましたが、時を経た今でも、未だにこの時、一緒に仕事をしたメンバーとは、偶に寄り合っては、昔話に肴に大いに盛り上がっています。

個人の生活面でも、色々な事がありましたが、カミさんとあの頃の話をして、懐かしむことも多々あります。

今振り返って思うことは、インドネシアで過ごしたあの5年間が、仕事の面でもプライベートの面でも、やっぱり一番充実していたのではないかということです。

プロジェクトの破綻により、私とインドネシアとの縁は完全に切れたものと思っていましたが、幸いまだ今なら、あの時の友人や現地会社のスタッフも残っており、私の気持ち次第では、また繋げることも可能なようです。

であれば、昔を思い出しながら、インドネシアとの縁を再度温めてみるのも悪くないかと思い、このブログを立ち上げました。
これから、インドネシアで経験した色々なことを、現地の言葉も交えながら綴っていくつもりですので、よろしければお付き合い下さい。




posted by Tada at 02:27| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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